

特定調停のメリット
特定調停を利用する経費は安い
特定調停は、専門家(弁護士・司法書士)に依頼する費用をかけることなく、債務者本人自身で申し立てる制度を予定しています。
申し立ての際にかかる経費は、次のとおりです(東京簡易裁判所の場合)。
・収入印紙代 債権者1社につき500円(※)
・予納郵券(切手)債権者1社につき420円
※債権者1人の債権元本が166万6666円を超過するときは、収入印紙の追加が必要なことがあります。
したがって、債権者1名あたり、920円しかかかりません。債権者5社で4600円、債権者10社で9200円です。
このように、特定調停は費用を抑えられることが最大のメリットといえます。弁護士・司法書士の費用を節約したいときは、債務整理の方法として選択肢にあがるのは特定調停だけです。
借金の原因は問われない
自己破産では、競輪、競馬、パチンコといった「ギャンブル」、ブランド品の買い漁りといった「浪費」によって、不相応に過大な債務を負った場合には、免責の特典を与えるべきではないという判断から、免責不許可事由にあたるとして、免責を受けられない場合があります。
個人再生では借金の原因は問われません。しかし、再生計画は減額した債務を分割払いする案なので、ギャンブル癖、浪費癖が続いている債務者では再生計画を実行できないと評価されて、再生計画案が認められない可能性があるのです。
他方、特定調停では、借金の原因は問題となりません。
もちろん、ギャンブルや浪費の癖が治っていない人では、せっかく特定調停が成立しても、合意した返済の約束を守れない危険がありますが、それは調停が成立した後の心構えの話であって、借金の原因のために特定調停の利用を拒まれるわけではありません。
債権者を選べる
法的に強制力のある自己破産や個人再生は、債権者を区別して取り扱うことはできません(住宅資金特別条項を利用する場合を除く)。
全ての債権者を平等に裁判所に届け出る必要があり、これに違反すると、自己破産の免責決定を受けられない、個人再生の再生計画が認可されないという不利益を被ります。
他方、特定調停は、簡易裁判所を利用するものではありますが、裁判所をサポート役とした話し合いに過ぎませんので、全ての債権者を相手にする必要はありません。調停の相手となる債権者は、債務者が自由に債権者の中から選べるのです。
そこで、特に毎月の支払額の大きい債権者だけに対して特定調停を申し立てることも可能です。
その債権者への支払額を減額できれば、他の債権者らへの支払いと合わせても、なんとか毎月返済できる範囲内に収まるというような場合は、このように一部の債権者だけを選ぶことにも意味があるでしょう。
また、債務の中に、友人からの借り入れや、勤務先からの社内融資がある場合も、これらについては、債務整理をしたくない場合が多いですが、これらを外した残りの債権者に対してだけ特定調停を申し立てることができるのです。


債務額には制限がない
個人再生には、債務額が5000万円以下(住宅ローンなどを除く)という制約がありますが、特定調停には、このような制限はありません。
ただ、あまり債務額が高額な場合は、いかに調停委員のサポートがあるといっても、債務者本人だけで対処することは困難である可能性があります。まずは弁護士・司法書士に相談するべきでしょう。
反復継続した収入は不要
特定調停も、個人再生も、債務を分割弁済してゆくことには変わりはありません。
しかし、個人再生では裁判所が認可すれば、債権者は強制的に、債務の減額と分割払いを内容とする再生計画を押し付けられることになります。
そこで、債権者の利益のために、確実に再生計画が実行できるかどうかを、裁判所は厳しく審査・判断しなくてはなりません。
このため個人再生を申し立てできるには、反復・継続した収入があることが最低限の要件とされているのです(給与所得者等再生では、さらに定期的で変動幅の少ない収入が要件となります)。
他方で、特定調停は同じく分割弁済を目指すものではあっても、裁判所の仲介があるとはいえ、最終的にはあくまで債権者が納得し、同意して、分割弁済が認められるものです。
したがって、個人再生のように反復・継続した収入が求められるという厳しい条件はなく、債務の返済ができなくなるおそれのある債務者(特定債務者)であれば誰でも申し立てることができるのです。
もっとも、毎月弁済できるだけの収入の見込みがないにもかかわらず、分割返済の調停を成立させてしまうと、調停証書には強力な法的効力があることから、約束を果たせなかった場合に、すぐに給料を差し押さえられるなどの大きなリスクがあります。
この点を考えると、個人再生のような厳しい条件がないからといって、安易な合意をすることは避けるべきなのです。
資産処分は不要
自己破産では、債務者のめぼしい資産は破産管財人によって処分され、換価された金銭は債権者らに配当されてしまいます。債務者の資産をもって清算する代わりに、残債務を免責してやるのが自己破産制度だからです。
しかし、特定調停では、格別、資産の処分を強要されることはないのです。
もちろん、債務者が価値の高い財産を持ちながら、特定調停を申し立てたときは、調停委員や債権者側から、その資産を売却して返済に充てるつもりはないかと打診されるでしょう。しかし、それに応じるかどうかは、あくまでも債務者の自由であって、強制されるわけではありません。
支払総額の最低は決まっていない
個人再生では、再生計画が認められるために最低限支払わなければならない金額が決められています。
債務額に応じた最低金額を法定した「最低弁済額の要件」、仮に自己破産をしたとしたら処分して配当に充てることになる資産の価値を査定して、それ以上の金額の返済をしなければならないという「清算価値保障の要件」です。
さらに給与所得者等再生では、これらに加えて、債務者の収入から債務者と家族の生活維持費等を控除した可処分所得の2年分以上の金額を3年間で返済しなければならないという「可処分所得要件」も加わります。
これらは再生計画を押し付けられる債権者側の利益を最低限守るための条件です。
これに対して、特定調停の場合は、このような最低限の金額はありません。
簡易裁判所での調停とはいえ、あくまでも当事者の話し合いですので、債権者が同意する限り、どのような金額で合意することも自由なのです。
官報には掲載されない
自己破産と個人再生は、これら手続を行ったことが官報に掲載されます。これらの手続は、全債権者に対しての強制力を持ちますから、手続の事実を債権者に知らせて、債権の届出や異議・意見を述べる機会を保障しなくてはならないからです。
ただ、普通の人々が官報を手にとることなどはありませんので、官報から債務整理をしたことが、知人などに知られてしまうリスクは、事実上はないと言って良いのですが、理屈のうえでは、100%完全に大丈夫と保証することは誰にもできません。
しかし、同じ裁判所を利用する手続であっても、特定調停は、債権者に合意を強制するものではありませんし、全債権者を対象とするものでもないので、特定調停を申し立てても官報に掲載されません。
保証人に迷惑がかからない
自己破産と個人再生は、債務者本人だけに効力を及ぼし、保証人・連帯保証人には及びません。つまり債務が免責されたり、減額して分割払いで済んだりするのは本人だけで、保証人・連帯保証人は従来どおりの責任を負担したままです。
自己破産、個人再生は、債権者に免責や再生計画を押し付ける強制力があるので、債務の担保となっている保証人・連帯保証人の責任まで無くなったり、軽くなってしまうのでは、あまりに債権者の利益を害するからです。
そして、本人に全額の支払いを請求できなくなっただけに、債権者が保証人・連帯保証人に対して全額の支払いを強く請求することは火を見るよりも明らかなことです。保証人・連帯保証人には必ず迷惑をかける結果となるでしょう。
これに対して、特定調停で成立した約束は債権者も合意したものです。実は、法的には、債務者本人の債務(主たる債務)が合意によって軽減されれば、担保に過ぎない保証人・連帯保証人の責任も同様に軽減されることが原則なのです(これを保証債務の附従性といいます)。特定調停では、これを前提として合意がなされるので、自己破産や個人再生の場合のように債権者の利益に配慮する必要がないわけです。
したがって、特定調停で合意できれば、保証人・連帯保証人に責任が及ぶことはありません。
強制執行をストップすることが可能
返済が滞ってしまい、債権者から給与や預金の差し押さえといった強制執行を受けてしまってから、あわてて弁護士・司法書士に任意整理を依頼するケースは珍しくありません。
また、弁護士・司法書士が代理人となって任意整理を進行している最中に、交渉に応じない債権者が強制執行を申し立てることもあります。
このような場合、裁判所に差し押え等を解除してもらう執行停止申立という法的手続が必要となります。
執行停止申立手続は、一般の方が行うことは事実上無理で、弁護士に依頼する必要があります。これは任意整理とは別個に弁護士に依頼しなくてはならず、弁護士費用もかかります。
それだけでなく、執行停止申立には、裁判所に担保となる金銭を預けなくてはなりませんので、実際上、債務で困っている方が利用することは不可能です。
しかし、特定調停には強制執行停止制度があります。特定調停を利用すると、強制執行を受けた状態では調停をスムーズに進めることが難しいとか、合意ができなくなってしまうなどと裁判所が認めるときには、裁判所の判断で強制執行をストップさせられるのです。
つまり、特定調停によって、弁護士費用も、裁判所への担保の金銭も支払わずに差し押えを止めてもらうことができるのです。



特定調停のデメリット
自分で手続きする手間
債務者本人だけでの利用を想定し、申立の費用も安い特定調停ですが、反面、債務者は、自分で手間ヒマをかけなくてはならない債務整理方法でもあります。
弁護士・司法書士にすべてをお任せできる任意整理と異なります。自分で申立てを行い、簡易裁判所に出頭し、調停委員から要請された追加資料を提出する等、なれない作業をしなくてはなりません。
申立の際に提出しなければならない申立書などの書式は、各簡易裁判所に雛形が備え付けられて配慮されていますが、それらは債務者本人が記入・作成して提出しなければならないのです。
特定調停を申し立てるにあたって、裁判所に提出しなければならない書類には、次のものがあります。
特定調停の申し立て 必要書類
書類名 | 参考サイト(裁判所・法務局) |
---|---|
特定調停申立書 | http://www.courts.go.jp/tokyo-s/vcms_lf/30203001.pdf |
財産の状況を示すべき明細書(特定債務者であることを明らかにする資料) | http://www.courts.go.jp/tokyo-s/vcms_lf/30203003.pdf |
権利関係者一覧表 | http://www.courts.go.jp/tokyo-s/vcms_lf/30203005.pdf |
資格証明書 | 債権者が貸金業者など法人の場合、法務局から登記事項証明書を取り寄せて提出 http://www.moj.go.jp/MINJI/minji11.html |


裁判所は100%債務者の味方というわけではない
特定調停では、調停委員が、負債を負うに至った事情、家族構成、生活状況、仕事内容、収入の状況、支出の内容などの細かい事情を聞いたうえで返済計画を立ててくれます。
しかし、債務者をサポートして話し合いの仲介をしてくれるとは言っても、裁判所はあくまでも中立の立場であり、100%債務者の味方をしてくれるという訳ではありません。
多くが専門の貸金業者である債権者側と比べ、一般人である債務者は、法的知識も交渉力も劣ります。そこで、調停委員は、その不足を補完するよう努力をしてくれます。
しかし、債務者の100%の味方となり、債務者の主張を押し付けたり、債権者の意見を無理に封じ込めたりすることはできません。
債務者の依頼を受けて、完全に債務者の味方となって、その利益を100%図ることに専念する弁護士や司法書士とは立場が違うのです。
強制力がない
特定調停は話し合いですから、調停委員が返済計画案を作って説得を試みても、合意してくれない債権者もいます。調停は不調となってしまいますが、致し方ありません。自己破産や個人再生のような強制力はないのです。
呼び出されても、裁判所に出頭しない債権者もいます。これは過料5万円の制裁を受けますが、業者によっては5万円程度の安い制裁金なら払っても構わないという場合があり、実効性に欠けるのです。
過払い金返還請求は別の手続
特定調停では、取引履歴に基づいて利息制限法に定められた利率での「引き直し計算」を行い、法的に正しい債務額を算出し、これを交渉の前提とします。
調停期日に先立って、裁判所が貸金業者に対し、履歴の開示だけでなく、引き直し計算まで求める場合もありますし、調停委員が引き直し計算をしてくれる場合もあります。
その結果、既に債務が完済されており、逆に債務者には過払い金返還請求権があることが明らかとなることは珍しくありません。
任意整理では、弁護士・司法書士はすぐに過払い金を返還するよう貸金業者に請求します。貸金業者が支払わなければ、過払い金返還請求訴訟を提起してくれるでしょう。
これに対し、特定調停では、過払い金返還請求権の存在がわかっても、裁判所が返還を請求してくれるわけではありません。それは特定調停の守備範囲外とされているのです。このため、過払い金の返還請求は、弁護士・司法書士に依頼する必要があるのです。
ブラックリストに登録
金融機関が、顧客に融資をするときには、信用情報機関に登録された信用情報データを参考として審査を行い、融資の可否を決定します。
特定調停を利用すると、その事実が信用情報に登録されます。これが、いわゆる「ブラックリスト」です。
登録されている最低5年の期間内は、新規に融資を受けること、商品の分割払いでの購入、クレジットカード発行などはできないと考えて良いでしょう。
ただ、これは特定調停だけでなく、すべての債務整理に共通する大きな不利益と言えます。
調停条項に違反すると強制執行の危険
任意整理では、分割払いの合意が守れなくても、それだけでは債権者からの強制執行を受けるリスクはまだありません。
合意書は、任意整理で合意したという事実の証拠に過ぎないので、合意書を証拠とした裁判を提起して裁判所から判決をもらわなくては強制執行はできません。
つまり約束に違反しても、差し押さえとなるまでには、もうワンクッション必要であり、土俵際で残っている状態といえます。
しかし、特定調停が成立して作成した調停調書には、すでに確定判決と同一の法的効力があります。約束違反があったときは、裁判は不要です。その調停調書を根拠として、すぐに強制執行手続を取ることができます。調停調書は、裁判所が作成した書面であることを軽視してはいけません。
特定調停では、無理な分割返済案には、軽々しく合意するべきではないのです。


